大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

福島地方裁判所 昭和23年(行)19号 判決 1957年12月16日

原告 幕田安兵衛

被告 福島県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、「福島県農地委員会が、昭和二二年一〇月二六日附で原告所有にかゝる別紙目録記載の土地についてした訴願棄却の裁決は、これを取消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として、

一、訴外山舟生村農地委員会(現在梁川町農業委員会)は、自作農創設特別措置法(以下単に「自創法」と略称する。)第三条第一項第三号に基き、原告所有にかゝる別紙目録記載の土地につき買収計画を樹立し、昭和二二年八月二六日これを公告して縦覧に供したので、原告は、同年九月二〇日異議の申立をしたところ、同委員会は右申立を容れない旨の決定をした。そこで、原告は同月三〇日更に福島県農地委員会(現在消滅)に対して訴願をしたが、同委員会もまた同年一〇月二六日これを棄却する旨の裁決をなし、その裁決書は昭和二三年三月三〇日原告に送達された。

二、しかしながら、前示山舟生村農地委員会の樹立した買収計画には、次のような違法がある。即ち、

(1)(イ)、原告は、別紙目録記載の物件中進行番号(1)・(2)の土地(以下単に「本件(1)・(2)の土地という。以下これに準ずる。)を訴外八巻万助に、本件(3)・(4)の土地を訴外八巻久重に、いずれも昭和五年から。本件(5)の土地を訴外斉藤多助に昭和一一年から、それぞれ賃貸して小作させていた。そして本件(5)の土地に関する賃借権の存続期間は最初五年の定めであつたが、その期間満了後、斉藤多助の懇請によつて賃貸借期間を一年づつ延長するかわりに、軍隊に応召されている原告の五人の子供の内誰か一人が帰還したら直ちにこれを返還することの一時賃貸借に改めることを約した。而して昭和一九年原告の長男幕田寿郎が軍隊から帰つてきたので、原告は、八巻万助・八巻久重・斉藤多助らと交渉の結果、本件(1)・(2)・(5)の土地については昭和二〇年三月、本件(3)・(4)の土地については同年二月、いずれもその賃貸借契約を合意解約して、本件(1)ないし(5)の土地の返還を受けて自作するに至つた。

(ロ)、しかるに、昭和二一年五月八日山舟生村農民組合の組合員四六名は、大挙して本件(1)ないし(5)の土地に押しよせ、(1)ないし(4)の土地については共同耕作と称し、本件(5)の土地については、賃貸借契約については単なる保証人に過ぎない訴外斉藤広見申請にかゝる福島区裁判所の仮処分命令の執行と称し、不法に実力をもつて原告の占有を排除し、以て本件(1)・(2)の土地を八巻万助に、本件(3)・(4)の土地を八巻久重に、本件(5)の土地を斉藤多助にそれぞれ占有耕作せしむるに至つたものであつて、その後斉藤広見は右仮処分申請を取下げておるのに、今なお同人等において前示不法占拠を継続しているので、原告は、福島地方裁判所に対し八巻万助等を相手方として本件(1)ないし(5)の土地の返還を求めて訴訟中である。従つて、本件(1)ないし(5)の土地は原告の自作地であつて、八巻万助等はこれを不法占拠しているものであるから、自創法によつて買収の対象とするのは違法である。

(2)  原告は、本件(6)ないし(71)の土地を前示三名以外の小作人等に賃貸耕作させているが、これは原告において、山舟生村の村長に就任したり、長男寿郎・二男安次郎・三男左武・四男仁樹・五男喜芳等が順次就学したのみならず、昭和七年二月二男安次郎が海兵団に入団して以来、長男・三男・四男・五男が引続き軍隊に応召されるという状況にあつたので、原告自ら耕作することができなくなつたところ、偶々現在の小作人等から、「原告が耕作の必要ある場合は何時でも返還するから賃貸して貰いたい。」と申込まれたので、原告が必要の際は直ちに返還を受ける約定の下に一時賃貸したもので原告の所有農地中最も良い土地である。従つて、本件(6)ないし(71)の土地は自創法第五条第六号同法施行令第一条、第七条により買収することができない農地であるから、所轄山舟生村農地委員会としては原告の自作を相当と認めて買収計画から除外すべきであつたにも拘らず、これを看過して買収計画を樹立したのは違法である。

三、原告が旧山舟生村において本件(1)ないし(71)の土地の外に当時の山舟生村における自創法第三条第一項第三号所定の保有面積である二町五反歩以上の農地を自作していることは被告主張のとおりであるが、自創法第三条第一項第三号は小作地に関する保有制限であつて、本件(1)ないし(5)の土地は、原告の自作地であるし、本件(6)ないし(71)の土地は、一時賃貸借地で原告の自作を相当とする土地であるから、自創法第三条第一項第三号に基く本件買収計画は違法であり、これを支持して原告の訴願を排斥した福島県農地委員会の本件裁決もまた違法であるから取消を免れない。

と述べた。(証拠省略)

被告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、答弁として、原告の請求原因中、

一、第一項の事実は認める。

二、第二項(1)(イ)の事実のうち本件(1)・(2)の土地を八巻万助が原告から昭和五年以来賃借耕作していることは認めるが、右は、明治三〇年八巻万助の先々代八巻熊吉が原告の先代幕田安右衛門から賃借し、その後原告及び八巻万助が相続によつて、賃貸人、賃借人等の地位を承継して現在に至つている農地であり、本件(3)・(4)の土地は、八巻久重が原告から昭和五年以来賃借耕作していることは認めるが、右は同人が大正六年原告より賃借した農地であるし、本件(5)の土地は、大正二年以来亡斉藤染次郎が原告より賃借耕作していたところ、昭和五年同人の死亡によりその孫斉藤よしをが相続によつて賃借権を取得し、更に斉藤広見がよしをと入夫婚姻し、その賃借権を承継取得したものであつて、原告主張のような一時賃貸借ではないし、昭和二〇年二・三月頃本件(1)ないし(5)の土地の賃貸借契約を合意解約してこれを原告に返還したことは否認する。尤も原告が、その子弟をして、本件(1)・(2)の土地中約七畝歩を昭和二〇年一一月頃、その余の部分を昭和二一年四月初旬頃、またその頃本件(3)・(4)の土地を小作人らの制止をきかず、直接行動によつて小作人等の占有を不法に奪い、原告が一時本件(1)ないし(5)を耕作したことは争わない。

同項(1)(ロ)の事実については同年五月八日、八巻万助等の小作人が、山舟生村農民組合の応援を得て原告から本件(1)ないし(5)の土地の占有を回復し、それ以来八巻万助・八巻久重・斉藤広見らにおいて耕作を継続していることは認めるが、右は同人等が不法に原告によつて奪われた占有を自力救済により、回復したものである。

同項(2)の事実については、原告の村長就任・その子弟の軍隊への応召の事実などは認めるけれども、一時賃貸借であることの主張事実は否認する。本件(6)ないし(71)の土地に関する賃貸借契約は、いずれも原告の村長就任・その子弟の軍隊への応召等よりはるか以前に締結された賃貸借契約である。公務就任又は応召による一時賃貸借でも、その土地が本来地主の自作地であつて、しかも所轄農地委員会が、地主において近く自作し、且つその自作が相当であると認める場合でなければ買収除外の事由とはならないものとなるところ、本件(6)ないし(71)の土地に関する賃貸借が、仮りに、原告の村長就任・その子弟の応召などによる一時賃貸借であつたとしても、本件(6)ないし(71)の土地は本来原告の自作地ではなく、しかも所轄山舟生村農地委員会において、近く原告が自作する土地で、その自作が相当であるとは認めていないのであるから、これを買収より除外すべき理由はない。

三、而して旧山舟生村における農地の保有面積は、自小作合計二町五反歩であるのに、原告は、本件(1)ないし(71)の土地を除いても既に二町五反歩以上の自作地を保有していたのであるから、山舟生村農地委員会が自創法第三条第一項に基き本件(1)ないし(71)の土地につき樹立した買収計画、福島県農地委員会がそれに対する訴願を棄却した裁決はいずれも違法のかどはない。

以上の次第で、いずれにしても原告の本訴請求は失当である。

と述べた。(証拠省略)

理由

訴外山舟生村農地委員会が、自創法第三条第一項第三号に基き原告所有にかゝる別紙目録記載の(1)ないし(71)の土地を対象として買収計画を樹立し、昭和二二年八月二六日これを公告して縦覧に供したこと、原告が右買収計画を不服として同年九月二〇日異議の申立をしたが、同委員会は右異議の申立を排斥する決定をしたこと、そこで原告は、同月三〇日福島県農地委員会に対して訴願を提起したところ、同委員会は同年一〇月二六日訴願棄却の裁決をなし、その裁決書が昭和二三年三月三〇日原告に送達されたことはいずれも当事者間に争がない。

そこで先ず、本件(1)ないし(5)の土地が右買収計画樹立当時原告の小作地であつたかどうかについて判断する。成立に争のない甲第一〇号証の二の一部(後記信用しない部分を除く。)、乙第一・二・三号証に弁論の全趣旨を総合すれば、本件(1)・(2)の土地は、明治三二年頃訴外八巻万助の先々代八巻態吉において、原告の先代幕田安右衛門より期間を定めずに賃借したものを、相続により原告が賃貸人たる地位を、八巻万助が賃借人たる地位をそれぞれ承継したこと、本件(3)・(4)の土地は訴外八巻久重が大正六年原告より期間を定めずにこれを賃貸したこと、本件(5)の土地は、大正二年頃亡斉藤染次郎が原告から期間を定めずに賃借したが、昭和五年染次郎の死亡にり、その孫斉藤よしをが家督相続によつてその賃借権を取得し、更に、昭和八年訴外斉藤広見が斉藤よしをと入夫婚姻したことによつて、その賃借権を承継したこと、及び右三名が本件訴願棄却裁決のなされた昭和二二年一〇月二六日当時においても、それぞれ右各土地を占有耕作していたこと(このことは斉藤広見を除き当事者間に争がない)が認められ右認定に反する甲第三号証、第七号証ないし第一〇号証の各二(第一〇号証の二についてはその一部)は信用できない。原告は昭和二〇年二・三月頃八巻万助・八巻久重・斉藤広見らとの間において、本件(1)ないし(5)の土地につき賃貸借契約を合意によつて解約し、その返還を受けたと主張するが、右主張に副う甲第七、八号証の各二、第九、一〇号証の二の各一部、第一一、一四号証の各二は後記各証拠に照らし信用せず、他に右事実を認めるに足りる証拠はない。却て成立に争のない甲第九、一〇号証の二の各一部(前記信用しない部分を除く。)、第一三号証の二、乙第一・二・三号証、第五号証ないし第八号証、第九・一〇・一一号証、並びに弁論の全趣旨を総合すると、原告はその子弟等をして昭和二〇年一一月頃本件(1)の土地の一部に、昭和二一年四月頃本件(2)の土地の一部につき、賃借人である八巻万助の承諾がないのに侵入して耕作を始めさせたこと、本件(3)・(4)の土地については、同年三月頃原告から八巻久重に対してその賃貸借契約を解約して返還して貰いたい旨を申入れたが、承諾を得ることができなかつたのにかゝわらず、同年五月二日頃その子弟等をして無断侵入して耕作を始めさせたこと、本件(5)の土地についても、同年四月頃原告はその子弟等をして斉藤広見の承諾もないのに、勝手に耕作を始めさせたこと、そこで、同年五月八日右八巻万助外二名がそれぞれ右各土地の占有を原告から奪回するや、原告は同月二四日山舟生村農地委員会に対し、農地調整法第九条第三項による賃貸借契約解除の承認を求めたが承認を得られなかつたのであつて、右三名との間においてはいずれも賃貸借の合意による解約がなされたことがないことが認められる。そうであるとすれば、本件(1)ないし(5)の土地は昭和二二年一〇月二六日当時小作地であつて原告の自作地ではなかつたものといわねばならない。

次に本件(6)ないし(71)の土地に対する原告の主張事実につき案ずるに、これらの土地が昭和二二年一〇月二六日当時小作地であつたことは当事者間に争がない。

原告は右各土地は自創法第五条第六号の規定により買収することのできない土地であると主張するが、右法条の適用があるためには、右法条及び自創法施行令第七条所定の事由が発生した当時、自作地であつた農地を右事由により賃貸借又は使用貸借により他人に耕作させた場合であることを要することは法文上明かであり、しかもこの事実は買収計画又はそれに対する訴願棄却裁決の取消を求める原告において主張、立証すべき責任を負うものと解すべきところ、原告の村長就任、その子弟の応召等の事実は被告の認めるところではあるが、右事由が発生した当時右各土地が自作地であつた事実については、これを認めるに足りる証拠はない(この点に関する甲第一〇号証の二の記載は信用しない。)から、原告の右主張は採用の限りでない。

而して当時の山舟生村における自創法第三条第一項第三号所定の保有面積が二町五反歩であつたこと及び原告が旧山舟生村において本件各土地の外に二町五反歩以上の農地を自作していたことは原告の認めて争わないところであるから、山舟生村農地委員会が自創法第三条第一項第三号に基き本件各土地について樹立した買収計画、これに対する異議を棄却した決定、及び福島県農地委員会がこれに対する訴願を棄却した裁決はいずれも適法である。

以上の次第で、原告の本訴請求はいずれも失当として棄却すべく、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 檀崎喜作 滝川叡一 吉永順作)

(別紙省略)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例